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京都地方裁判所 昭和58年(行ウ)12号 判決

原告

三京観光有限会社

代表者

西村ハル子

訴訟代理人

長澤泰一郎

被告

京都府建築主事数江祥二

訴訟代理人

小林昭

主文

被告が、昭和五七年九月二日付で受理した原告の被告に対する建築確認申請について、なんらの許否の処分をしないことは、違法であることを確認する。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告会社

主文同旨の判決。

二  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

との判決。

第二  当事者の主張

一  本件請求の原因事実

(一)  原告会社は、昭和五七年六月一七日、旅館業を目的として設立された。

原告会社は、京都府天田郡夜久野町小倉字上野一一二番にホテル(鉄骨造平家建て)を新築することにし、被告に対し、昭和五七年六月二四日付確認申請書(建築物)を提出した(以下本件確認申請という)。

被告は、同年九月二日、本件確認申請を受理した。 被告は、同月二〇日付の書面で、原告会社に対し、次の理由で建築基準法(以下法という)六条三項の規定する期限内に確認できない旨の通知(同条四項)をした。

(理由)

1 床面積について、② 非常照明、照度について、3 アプローチ、防火戸について、4 車庫の簡耐構造について、5 換気扇等の大きさ(厨房、管理室、休憩室)

(二)  原告会社は、理由とされた事項を訂正補正し、被告に対し、同月二七日、その旨の届出をした。

(三)  被告は、本件確認申請の手続留保中と称して、本件確認申請に対し、許否いずれの処分もしない(以下本件不作為という)。

(四)  結論

原告会社は、被告との間で、本件不作為が違法であることの確認を求める。

二  被告の答弁と主張

(認否)

本件請求の原因事実中(一)ないし(三)の各事実は、認める。

(主張)

(一) 法一条は、法の目的を規定し、最終的には、公共の福祉の増進に資することが目的であると宣言している。したがつて、流動発展する社会に生起する諸々の建築公害すなわち建築物の建設又はその利用が、周辺居住者らの生命、身体、人格権、環境権などを侵害する蓋然性の顕著なものと認められる場合には、地方公共団体の条例、要綱、行政指導に服さなければならない。

(二) ところで、原告会社が新築しようとするホテルは、車庫付ホテルであるから、いわゆるモーテル類似建築物である(ただし、風俗営業等取締法四条の六に規定するモーテル営業施設に該当しない)。

多くの地方公共団体(市、町)は、モーテル類似施設規制条例、要綱を制定して清浄な風俗環境の保持に努めている。

なお、モーテル類似施設の建設を規制する法令はない。

京都府夜久野町は、昭和五七年一〇月二八日、夜久野町モーテル類似施設建築等の規制に関する条例を制定したが、その附則二項は、「この条例公布の日までに法の規定に基づく建築確認申請を受理されたものについては、この条例の適用がないが、建築主事は、この条例の目的を尊重し、町長の行政指導を受けるものとする」という趣旨のことを規定している。

なお、附則二項については、町長が行政指導により強固に推進するため建築主に対し少なくとも地元自治会の同意を得さしめること、及び府に対しその趣旨を尊重し対応させるよう強く要望すること、以上のことの附帯決議がある。

(三) 夜久野町長は、昭和五七年四月二七日、原告会社から本件確認申請が提出されることを察知して、被告に対し、建築確認を留保するよう申し出た。

被告は、同年六月二四日、本件確認申請の書類を持参した原告会社に対し、地元の同意書の添付がないこと及び夜久野町と協議していないことを指摘して地元及び同町と協議するよう行政指導をした。原告会社は、このとき、本件確認申請の書類を、持ち帰つた。

このとき、既に、兵庫県朝来郡山東町金浦地区の住民は、夜久野町長に、建築反対を働きかけていた。

本件確認申請は、同年九月二日、被告に受理されたが、夜久野町長は、同月二一日、原告会社の監査役西村円治らと協議し、その後数回協議を重ねた。被告も、西村円治に対し、夜久野町の指導を受けるよう指示した。

しかし、原告会社は、同年一〇月二六日付内容証明郵便で被告に対し、早急に本件確認申請の許否をきめるよう催告した。

これに対し、被告は、同年一一月一〇日、夜久野町の行政指導が進行中であるから、同町の指導、意見を注視して本件確認申請の許否を留保する旨の回答をした。

原告会社は、同年一二月一日、訴外京都府建築審査会に対し、本件不作為に対する審査請求をし、直ちに適合通知をするよう裁決を求めた。

その理由は、原告会社としては、被告から指導されて地元住民の同意書を得るため努力したが、一部の者の反対にあつて同意書の入手が困難であるから、これ以上、行政指導を理由に確認通知をしないことは、違法であり職務懈怠であるというにある。

しかし、京都府建築審査会は、昭和五八年二月一〇日、この審査請求に対して、棄却裁決をしたが、その理由は、町条例に基づく行政指導の継続が不可能となつたと断定できないから、被告の本件確認申請の許否を留保することには違法や不当がない、というにある。

原告会社は、これ以後、夜久野町と協議をしたり、行政指導を受けたことはない。

(四) 本件不作為には、社会通念上合理的かつ正当と認められる事情がある。すなわち、

原告会社が新築しようとしているモーテル類似施設は、教育上、風紀上好ましくないし、付近住民の生活環境が破壊され、上下水道にも悪影響を及ぼし、建設のための大規模な造成には災害発生の危険がある。したがつて、現実に発生が予想される住民の利益侵害を防止することは、公共の福祉の増進になるところ、被告は、本件確認申請の許否をきめる際には、この公共の福祉の増進の見地から検討しなければならない。

(五) 以上の次第で、被告は、夜久野町長の前記附則二項による行政指導の成行きを見守つて本件確認申請の許否を留保しているのであるから、本件不作為には、なんらの違法がない。

(六) 被告は、本件確認申請に対し確認を行う場合には、京都府福知山土木事務所長の承認を得なければならない(昭和三〇年一一月一八日訓令二八号)。ところが、被告は、まだ京都府福知山土木事務所長の承認を得ていないから、本件確認申請に対し、法規上、事実上処分ができないわけで、本件不作為には、正当な理由があるとしなければならない。

三  被告の主張に対する原告会社の反論

(一)  被告の主張中(二)、(三)の各事実は、認める。

(二)  夜久野町長の行政指導の内容は、地元住民の反対が強いから、原告会社のホテル建設を中止するか場所を変更すること、あるいは地元住民の同意を得ることを要求するものである。これに対し、原告会社は、当初の計画どおりホテルを新築したいという意向に一貫して変わりがないし、地元住民の同意が得られる可能性が極めて乏しいことも明らかである。そして、原告会社は、本件確認申請によつて確認を得ても、出来る限り誠意をもつて地元住民とは話合いを続け、可能な範囲で折合がつくまで着工はしないと、土木工管所に申し入れている。

(三)  土木事務所長の承認は、確認事務手続上の内規にすぎないから、本件不作為の違法性と無関係である。

四  原告会社の反論に対する被告の認否

原告会社主張の行政指導の内容と、これに対する原告会社の対応は認める。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一本件請求の原因事実中(一)ないし(三)の各事実、被告の主張中(二)、(三)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二さて、原告会社が新築しようとするホテルは、いわゆるモーテル類似施設(ただし、風俗営業等取締法四条の六に規定するモーテル営業施設に該当しない)であるが、モーテル類似施設の建設を規制する法令はない。したがつて、モーテル類似施設が建築することを計画して提出された建築確認申請を受理した建築主事は、法及び法に基づく規則、条例に従つた要件を具備しているかどうかを審査し、法令違反がない限り、当該申請が法などに適合することの確認をすることが義務づけられている(法六条三項)のであつて、モーテル類似施設であることからその建設が教育上、風紀上好ましくないことを配慮してその確認を遷延する権限はないといわなければならない。

三ところで、本件確認申請が被告に受理されたときには、夜久野町モーテル類似施設建築等の規制に関する条例の制定はなく、同条例附則二項によつて、「建築主事は、この条例の目的を尊重し、町長の行政指導を受けるものとする。」ことになつた。

行政指導とは、行政庁が一定の行政目的を達成するため相手方の任意の履行(作為、不作為)を期待してなす勧告、説得、啓発などの行為を指称するから、これは、あくまでも相手方の任意の履行にまつことを本質としているとしなければならない。したがつて、相手方が、行政庁の行政指導に応ずる意思のないことを明確にして本来の処分を求めているときには、それ以上行政指導を続けることは許されないから、行政庁としては、本則に戻つてどのような行政処分をするかをきめて相手方に通知しなければならない筋合である。そうすると、行政庁が、本来の行政処分をすべきであるのに、行政指導の名の下に本来の行政処分をすることを留保したり、遷延したりした場合、その不作為は、違法であると解するのが相当である。

四原告会社は、既に昭和五七年一〇月二六日付内容証明郵便で被告に対し、早急に本件確認申請の許否をきめるよう催告したし、同年一二月一日、京都府建築審査会に対し不作為に対する審査請求をし、直ちに適合通知をするよう裁決を求め、その後は、原告会社と被久野町との間で協議されたことはないのである。そして、原告会社は、夜久野町長の行政指導のうち原告会社の計画しているホテル建設の中止又は場所の変更の要求に対しては、一貫して計画どおりのホテル建設をしたいとしてゆずらないのである。また、当事者間に争いがない被告の主張(三)の事実及び弁論の全趣旨によると、原告会社は、夜久野町長の行政指導に従つて地元住民の同意を得ることも既に断念し、本件確認申請の許否の処分をすることを求めていることが認められ、この認定に反する証拠はない。

このような夜久野町長の行政指導の経緯と原告会社のこれに対する対応の仕方に着目したとき、前述した行政指導の手段である勧告、説得によつて原告会社の翻意を期待することは、到底不可能な段階にあるとしなければならない。ところが、被告は、夜久野町長の行政指導を理由に、本件確認申請の許否の処分をしないのである。

五被告は、被告の主張(四)で、本件不作為が社会通念上合理的で、かつ、正当である事情を主張しているが、それらの事情は、本件確認申請を却下する理由になりこそすれ、本件確認申請の許否を遷延する正当な理由とはなりえないのである。つまり、行政指導は、相手方の任意の履行を期待するのであるから、相手方が任意の履行を拒絶している限り、界政指導には終止符を打ち、本来の行政権限の行使の検討に移り法令に従つた行政処分を明確に打ち出すべきであつて、建築確認によるモーテル類似施設の建設による付近住民への影響を考慮して本件確認申請を遷延することは許されない。

六被告は、本件不作為の正当性として、京都府福知山土木事務所長の承認がないことを挙げているが、そのような承認の有無は、行政庁内部の事柄に属し、対外的には建築確認の申請に対し許否を決定して処分するのは、建築主事である(法六条三項)。したがつて、この主張は、的外れである。

七むすび

以上の次第で、本件不作為は違法であるから、原告会社の本件請求を正当として認容し、行訴法七条、民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(古嵜慶長 小田耕治 西田眞基)

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